退職勧奨。解雇ではないので、本人の合意を得られるかがすべてです
退職勧奨は会社が労働者に退職を勧め、合意による退職を目指す行為です。解雇とは根本的に違います。解雇は会社の一方的な意思表示ですが、退職勧奨は本人が応じなければ何も起きません。
だからこそ進め方が問題になります。執拗に繰り返す、長時間拘束する、人格を否定する発言をする。こうした行為は違法な退職強要として、慰謝料の支払いを命じられた裁判例があります。合意を得るまでの手順と、合意後に残すべき書面を整理します。
解雇との違い
| 区分 | 性質 | 本人の同意 |
|---|---|---|
| 退職勧奨 | 会社が退職を勧める行為 | 必要(応じなければ不成立) |
| 合意退職 | 勧奨に応じて成立した退職 | 必要 |
| 解雇 | 会社の一方的な意思表示 | 不要(ただし規制がある) |
| 自己都合退職 | 労働者からの申出 | — |
- 解雇には厳しい規制がある…客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効です(労働契約法16条)。30日前の予告または解雇予告手当も必要です
- 退職勧奨には法律上の手続き規定がない…だからこそ「何をしてよいか」の線引きが判例で形成されています
- 断る自由がある…労働者は退職勧奨を拒否できます。拒否したことを理由に不利益な取扱いをすれば違法です
- 合意退職が成立すれば争いにくい…自由な意思に基づく合意であれば、後から解雇無効を主張されるリスクが下がります
- 整理解雇の4要素との関係…人員削減が目的なら、解雇を回避する努力の一環として退職勧奨を行ったという位置づけになります
面談の進め方
- 理由を整理してから臨む…なぜ退職を勧めるのか、業績、勤務成績、組織の変更など、事実に基づいて説明できるようにします
- 面談は複数名で行い、記録を残す…言った・言わないを防ぎます。録音する場合は事前に伝えるのが望ましい対応です
- 時間と回数を抑える…1回あたり1時間程度、回数も限度を設けます。裁判例では、執拗な勧奨が違法とされています
- 考える時間を与える…その場で退職届を書かせるのは避けます。数日の猶予を与えます
- 断られたら引く…明確に拒否されたら、その後の勧奨は控えます。繰り返すと退職強要と評価されます
- やってはいけない言動…「辞めなければ解雇する」「居場所はない」といった発言、大人数で囲む、長時間の拘束、人格否定。これらは慰謝料の対象になります
- 条件を提示するのは有効…退職金の上乗せ、有給休暇の買取り、再就職支援など、応じるメリットを示すことは適法です
- 退職金の上乗せ額…法律上の基準はありません。給与の1〜3か月分程度が実務でよく見られる水準ですが、事案により幅があります
- 本人が持ち帰って相談することを認める…家族や弁護士に相談する時間を与えます
「執拗にしない」と言われても線が分かりません。厚生労働省が事業者向けに名指しで挙げている裁判例が、そのまま線引きになります。
| 事件 | 何があったか | 結論 |
|---|---|---|
| 下関商業高校事件 (最一小判 昭和55年7月10日) | 初回の勧奨以来一貫して応じないと表明しているのに、多数回かつ長期にわたり執拗に勧奨。年度を超えて行い、退職するまで続けると述べた | 許容される限界を越えている。損害賠償を命令 |
| 日立製作所事件 (横浜地裁 令和2年3月24日) | 明確に退職勧奨を拒否しているのに、執拗に繰り返した | 違法 |
| 東武バス日光ほか事件 (東京高裁 令和3年6月16日) | 嫌がる労働者に、その場で退職手続きをするよう1時間ほど繰り返し迫った | 違法 |
| グローバルマーケティングほか事件 (東京地裁 令和3年10月14日) | 自由な意思に基づいて退職の意思表示をしたものとは認められないとされた | 退職の合意が成立していない |
| 日本アイ・ビー・エム事件 (東京地裁 平成23年12月28日) | 退職勧奨が行われたが、事案の具体的判断として | 許容される範囲を逸脱していない |
- 回数そのものに上限はない…違法とされたのは回数ではなく、拒否を表明した後も続けたことと、終わりが見えない心理的圧迫を与えたことです
- 1時間でも違法になりうる…東武バス日光ほか事件は1回1時間です。「その場で手続きをしろ」と迫った点が問題とされました。時間の長短より即決を迫るかどうかです
- 撤回には期限がある…退職の意思表示が退職を受理できる決定権限者に到達する前なら撤回できますが、到達した後は会社が撤回を認める義務はありません(大隈鉄工所事件・最高裁昭和62年9月18日判決)
- 錯誤・詐欺・強迫は取り消せる…虚偽の事実を述べる、脅す、懲戒解雇事由があると誤解させる。これらがあると、退職の意思表示は民法95条・96条により取り消されることがあります
合意書に入れること
| 条項 | 内容 |
|---|---|
| 退職日 | いつをもって退職するか |
| 退職事由 | 会社都合か自己都合か(離職票の記載に影響) |
| 解決金・退職加算金 | 金額、支払時期、支払方法 |
| 有給休暇の取扱い | 残日数の消化または買取り |
| 貸与物の返還 | PC、鍵、社員証、健康保険証 |
| 秘密保持 | 在職中に知り得た情報の取扱い |
| 清算条項 | 本合意書に定めるほか債権債務がないことの確認 |
- 清算条項が最も重要…「本合意書に定めるもののほか、何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する」という条項です。これがないと、後から未払残業代を請求される可能性が残ります
- 退職届と合意書は別物…退職届は本人の一方的な意思表示、合意書は双方の合意です。合意書を交わすほうが確実です
- 解決金の税務上の扱い…退職を起因として支払われるものであれば退職所得となり、退職所得控除が適用されます。名目ではなく実質で判断されます
- 署名は本人の自由な意思で…その場で署名を迫らず、内容を確認する時間を与えます
- 写しを本人に渡す…双方が同じ内容を保有する形にします
失業給付と離職理由
離職理由が会社都合になると、本人が受け取れる金額が変わります。具体的にどれだけ違うのかを先に置きます。
| 被保険者であった期間 | 1年以上5年未満 | 5年以上10年未満 | 10年以上20年未満 |
|---|---|---|---|
| 会社都合(特定受給資格者)35歳以上45歳未満 | 150日 | 240日 | 270日 |
| 会社都合(特定受給資格者)45歳以上60歳未満 | 180日 | 240日 | 270日 |
| 自己都合(一般の離職者)全年齢 | 90日 | 120日 | 150日 |
- 退職勧奨に応じた退職は会社都合…離職票の離職理由は「事業主からの働きかけによるもの」となり、特定受給資格者として扱われます
- 特定受給資格者は給付制限がない…自己都合退職には7日間の待期期間のあとに給付制限期間(令和7年4月1日以降の離職は原則1か月、令和7年3月31日以前の離職は原則2か月)がありますが、特定受給資格者と特定理由離職者には給付制限がありません。7日間の待期期間の後すぐに支給が始まります(自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇=重責解雇は3か月)
- 本人にとって有利…このため、離職理由を会社都合とすることが退職に応じる条件になることがあります
- 虚偽の記載はしない…実際は退職勧奨なのに自己都合と記載すると、本人から異議が出るほか、助成金の受給要件にも影響します
- 助成金への影響は「一部」では済まない…勧奨退職は雇用関係助成金の要件上「解雇等」に含まれます。期間と対象は次の見出しで具体的に整理します
退職勧奨は、進め方さえ間違えなければ解雇より安全な選択肢です。逆に、感情的になって強い言葉を使った瞬間に違法な退職強要になります。面談は複数名で、時間を区切り、記録を残す。断られたら引く。この4つを守ることが、結果的に会社を守ります。
助成金が止まる期間
ここが見落とされます。退職勧奨に応じてもらうことと、助成金を受け取ることは両立しないことがあります。厚生労働省の雇用関係助成金支給要領は、「解雇等」を次のように定義しています。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 含まれるもの | 労働者の責めに帰すべき理由による解雇と、天災その他やむを得ない理由により事業の継続が不可能となったことによる解雇以外の解雇に、勧奨退職等を加えたもの |
| 判定のしかた | 雇用保険被保険者資格喪失の確認の際に、喪失原因が「3」と判断されるもの |
そのうえで、各コースに不支給の期間が定められています。たとえばキャリアアップ助成金の正社員化コースはこうです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象になる期間 | 転換日の前日から起算して6か月前の日から、1年を経過する日まで |
| 対象になる範囲 | 当該転換を行った適用事業所において雇用する雇用保険被保険者 |
| 結果 | この期間に解雇等(勧奨退職を含む)で事業主都合により離職させた事業主は対象外 |
- 実質1年半ふさがる…前6か月+後1年です。退職勧奨を1件行うと、その前後約1年半のあいだに正社員転換をしても助成金が出ません
- 先に勧奨、あとで採用という順番が危ない…「1人辞めてもらって、代わりに採用して正社員化する」という流れは、まさにこの期間に重なります
- 離職理由を偽ると5年止まる…実際は事業主都合なのに自己都合と記載するのは不正受給に当たります。不正受給による不支給決定日または支給決定取消日から起算して5年間、その事業主に雇用関係助成金は支給されません
- 本人にとっては会社都合が有利…給付制限がなく給付日数も長くなるため、本人は会社都合を求めます。会社は助成金を守りたい。ここが正面から衝突します
- だから助成金の予定を先に確認する…キャリアアップ助成金、特定求職者雇用開発助成金、トライアル雇用助成金など、雇入れ・転換系の助成金を使う予定があるなら、退職勧奨に着手する前に労働局へ確認してください
- それでも自己都合にはしない…助成金を守るために離職理由を偽れば、5年間すべての雇用関係助成金を失います。順番を設計して避けるのが唯一の正解です
退職勧奨そのものは違法ではありませんし、解雇より安全な選択肢です。ただし従業員1〜10人の会社では、1人の離職が助成金の受給資格に直撃します。「辞めてもらう話」と「採用・処遇改善の助成金」は同じ1年半のなかで動くので、どちらを先にするかを決めてから動いてください。
よくある質問
Q退職勧奨を拒否されたらどうなりますか
退職は成立しません。退職勧奨は本人の合意が前提であり、拒否する自由があります。拒否を理由に不利益な取扱いをすることは違法です。
Q何回まで面談してよいですか
法律上の回数制限はありませんが、執拗な勧奨は違法な退職強要と評価されます。明確に拒否された後の勧奨は控えるべきです。
Q退職金を上乗せする必要はありますか
法律上の義務ではありません。ただし応じてもらうための条件として提示することは適法で、実務では給与の1〜3か月分程度が見られる水準です。
Q離職理由は会社都合になりますか
退職勧奨に応じた退職は事業主からの働きかけによるものとして会社都合になります。本人にとっては給付制限がなく有利ですが、会社は助成金への影響を確認する必要があります。
Q退職勧奨をすると助成金は受けられなくなりますか
勧奨退職は雇用関係助成金の要件上「解雇等」に含まれ、雇用保険被保険者資格喪失の確認の際に喪失原因が「3」と判断されるものが該当します。キャリアアップ助成金の正社員化コースでは、転換日の前日から起算して6か月前の日から1年を経過する日までの間に解雇等で事業主都合により離職させた事業主は対象外です。
Q会社都合にすると本人はどれだけ得をしますか
特定受給資格者になるため給付制限がなく、7日間の待期期間の後すぐに支給が始まります。所定給付日数も、たとえば35歳以上45歳未満で被保険者期間10年以上20年未満の場合、自己都合の150日に対して270日です。
まとめ
① 退職勧奨は勧めるだけ。本人が応じなければ退職は成立しない。
② 執拗な勧奨・長時間の拘束・人格否定は違法な退職強要。慰謝料の対象になる。
③ 面談は複数名・1時間程度・記録を残す・断られたら引く。
④ 合意書には清算条項を必ず入れる。後からの未払請求を防ぐ。
⑤ 離職理由は会社都合。本人は給付制限がなくなり給付日数も伸びる。
⑥ 勧奨退職は助成金の「解雇等」に含まれる。キャリアアップ助成金は転換日の前6か月〜後1年が不支給。
この記事は2026年8月1日時点の法令・公開情報および当サイトで実測した料金に基づいています。制度・料金は変わることがあります。許認可・登記・税務の個別判断は、所管庁・専門家にご確認ください。本記事は論点の整理であり、法的助言ではありません。