建物明渡しの強制執行にかかる費用。東京地裁の予納金65,000円は「入口」にすぎません
建物明渡しの強制執行で裁判所に納める予納金は、東京地裁で基本額65,000円(債務者1名・物件1個増ごとに+40,000円)です。ただしこれは執行官の手数料分だけで、標準表には「作業員日当、遺留品運搬費用、倉庫保管費用等は含まれていません」と明記されています。
断行(実際の搬出)まで進むと業者費用が別にかかり、総額は数十万円規模になります。一方で催告から1か月の引渡し期限内に任意退去すれば断行費用は発生しません。費用の構造を知っているかどうかで、回収戦略が変わります。
強制執行までの全体の流れ
家賃滞納で建物明渡しの強制執行に至るまでは、大きく訴訟の段階と執行の段階に分かれます。判決を取っただけでは退去は実現しません。判決後に執行官へ別途申立てをして、はじめて強制執行が動きます。
- 債務名義を取る(明渡訴訟の判決・和解調書など)…建物明渡しを命じる確定判決や仮執行宣言付判決、裁判上の和解調書が「債務名義」になります。滞納家賃の支払督促では建物明渡しの執行はできません
- 執行文の付与と送達証明を取る…判決を出した裁判所の書記官に申請します。手数料は執行文が1通300円、送達証明が1件150円です(民事訴訟費用等に関する法律 別表第二)
- 執行官室に強制執行を申し立てる…物件所在地を管轄する地方裁判所の執行官室に申し立て、予納金を納めます。東京地裁では不動産明渡等事件の基本額が65,000円です
- 明渡しの催告…執行官が現地に行き、引渡し期限を記載した公示書を建物内に掲示します。やむを得ない事由がある場合を除き申立てから2週間以内の日に実施するとされています(民事執行規則154条の3)
- 断行(明渡しの実施)…引渡し期限は催告から1か月(民事執行法168条の2第2項)。期限までに退去しなければ、執行官と執行補助業者が家財を搬出して明渡しを完了させます
費用の内訳(東京地裁の実額)
費用は「裁判所に納める実費」と「執行補助業者に払う費用」の2階建てです。まず裁判所側の実額から。いずれも一次資料(裁判所の公表資料と法律の別表)に基づく金額です。
| 項目 | 金額 | 根拠 |
|---|---|---|
| 訴え提起の手数料(印紙) | 訴額により算定(下の例参照) | 民訴費用法 別表第一 |
| 訴訟の予納郵便料 | 6,000円(当事者2名。1名増ごとに加算) | 東京地裁の公表額 |
| 執行文の付与 | 1通につき300円 | 民訴費用法 別表第二 |
| 送達証明書 | 1件につき150円 | 民訴費用法 別表第二 |
| 強制執行の予納金 | 65,000円(債務者1名・物件1個増ごとに+40,000円) | 東京地裁執行官室 予納金額標準表(令和3年4月1日改定) |
- 明渡訴訟の印紙は建物の固定資産税評価額から計算する…訴額は建物の固定資産税評価額の2分の1で算定します。例えば評価額600万円の建物なら訴額300万円、印紙は2万円。評価額1,000万円なら訴額500万円で印紙3万円です
- 予納金65,000円は東京地裁の基準…裁判所ごとに異なります。物件所在地を管轄する地裁の執行官室で確認してください
- 予納金に含まれるのは執行官の手数料だけ…標準表の注意書きに「作業員日当、遺留品運搬費用、倉庫保管費用等は含まれていません」と明記されています。ここを見落とすと総額を桁違いに見誤ります
- 不足すれば追納を求められる…「予納金が不足する場合がありますので、当執行官室から連絡があったときは、すみやかに追納をお願いします」ともあります。予納金は上限ではなく頭金です
予納金では終わらない:催告と断行の業者費用
本当に大きいのは、裁判所ではなく執行補助業者に払う費用です。強制執行は執行官が1人で家財を運ぶわけではなく、催告と断行のそれぞれで民間業者が動きます。
| 段階 | 何が起きるか | 費用の性質 |
|---|---|---|
| 明渡しの催告 | 執行官・立会人・執行補助業者が現地入りし、占有状況を確認して公示書を掲示。施錠されていれば鍵技術者が開錠 | 業者の立会費・鍵技術者費。断行時の搬出見積もこの場で作られる |
| 断行 | 作業員が家財一式を搬出し、目録を作って保管。明渡し完了 | 作業員日当・車両・梱包搬出費。荷物の量と間取りで大きく変わる |
| 保管・処分 | 搬出した動産を一定期間保管し、債務者が引き取らなければ売却・処分 | 倉庫保管料・処分費 |
- 断行までいくと総額は数十万円規模になる…業者費用は物量次第のため一律の定価がありません。催告時に執行官・業者が現地を見て断行の見積りを出す運用です。見積りを見てから断行日までに回収戦略を考え直す余地があります
- 催告だけで終われば業者費用は大きく減る…引渡し期限(催告から1か月)の間に任意退去すれば、断行の搬出・保管費用は発生しません。実務では催告の公示書が貼られた段階で退去に応じる債務者が相当数います
- 執行費用は債務者負担が建前だが、回収できるとは限らない…民事執行法上、執行費用は債務者負担です。ただ家賃を滞納している相手からの回収は現実には難しく、いったん全額を貸主側が立て替える前提で資金計画を立てるべきです
申立てに必要な書類(東京地裁執行官室の案内から)
東京地裁執行官室が公表している「申立てに必要な書類等」(令和7年11月14日付)から、明渡等事件(執ロ)に必要なものを整理します。
- 執行文の付された債務名義の正本と送達証明…訴訟段階の書類一式が前提になります
- 物件目録6枚・当事者目録6枚…明渡等事件は目録の必要枚数が多めです。債務者が2名以上なら1つの申立書に連記し、1名増えるごとに目録を1枚ずつ増やします
- 法人は3か月以内の登記事項証明書…貸主が法人の場合、資格証明書として必要です(代表者事項証明書でも可)
- 債務者に関する調査票と執行場所の案内図…調査票の担当者に執行官から期日打合せの電話が来ます。最寄駅から執行場所までの経路が分かる地図も必要です
- 郵送申立てなら110円切手を貼った返信用封筒…予納通知の送付用です
よくある質問
Q予納金65,000円を払えば退去まで全部やってもらえますか?
いいえ。65,000円は執行官の手数料に対する予納金で、東京地裁の標準表に「作業員日当、遺留品運搬費用、倉庫保管費用等は含まれていません」と明記されています。断行まで進むと業者費用が別に発生し、そちらの方が大きくなるのが通常です。
Q判決なしでいきなり強制執行できますか?
できません。確定判決・仮執行宣言付判決・和解調書などの債務名義が必要です。貸主が鍵を勝手に交換して締め出す「自力救済」は違法で、逆に損害賠償を請求されるリスクがあります。
Q催告から断行までどのくらいの期間がありますか?
引渡し期限は明渡しの催告があった日から1か月です(民事執行法168条の2第2項)。催告自体は、やむを得ない事由がある場合を除き申立てから2週間以内の日に実施するとされています(民事執行規則154条の3)。
Q残された家財はどうなりますか?
断行時に執行補助業者が搬出して目録を作り、保管します。債務者が引き取らない場合は売却・処分されます。保管料・処分費も執行費用として、いったんは申立人(貸主)が負担します。
まとめ
- 流れは「債務名義 → 執行文300円・送達証明150円 → 執行官へ申立て → 催告(申立てから2週間以内の日)→ 断行(催告から1か月の引渡し期限後)」
- 東京地裁の予納金は基本額65,000円。債務者1名・物件1個増えるごとに+40,000円
- 予納金に作業員日当・運搬・保管費は含まれない。断行までいけば業者費用で総額は数十万円規模
- 明渡訴訟の印紙は建物の固定資産税評価額の2分の1を訴額として算定。評価額600万円なら印紙2万円
- 費用を抑える鍵は催告段階での任意退去。断行を回避できれば搬出・保管費が消える
この記事は2026年8月18日時点の法令・公開情報に基づいています。制度は変わることがあります。許認可・登記・税務の個別判断は、所管庁・専門家にご確認ください。本記事は論点の整理であり、法的助言ではありません。